育てる男が、家族を変える。社会が動く。イクメンプロジェクト

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「お母さんは凄い!偉大!!」
これが私の育休の感想であり、日々感じたことです。

我が家は、小学校教諭の妻と娘(4歳)と息子(1歳)の4人家族です。第二子の妊娠を機に、育休について考えるようになり、妻の育休終了・復職のタイミングで、2015年9月から7ヶ月間の育休を取得しました。

妻が出勤してからドタバタの1日が始まります。息子と一緒に娘を保育園に送り、そのまま児童館や買い物などの外出をして、帰宅後に昼食です。息子がお昼寝をしている間に、夕食の準備をして、夕方に娘を迎えに行きます。すぐにお風呂に入り、18時に妻の帰宅とともに家族揃って夕食です。子供を寝付かせた後に片付けや洗濯をして・・・あっという間に1日が終わります。

単純な生活のようですが、私にとって育児はストレス(食事に30分、寝付かせに1時間、夜泣き、常に一緒にいること等々)と孤独の戦いでした。育児ノイローゼや育児放棄する人の気持ちも分かり、日々「お母さんは凄い!」と痛感しました。

また、娘との関係では、保育園の行事や水泳教室に通い、お友達から羨ましがられ、自慢のパパになりました。家ではお風呂や読み聞かせなどで、ママよりパパ大好きっ子になりました!!

さらに、妻は子供の病気や降園時間を気にせずに存分に働き、人事評価で初めて特Aが取れ、今春に中心校へ栄転しました。一緒の時間が増えた一方、ケンカの日々を経て、夫婦仲がより深まりました。

そして、2016年2月、どこの認可保育園にも入園できず、育休を取った後悔や父親の役割を果たせなかったと思い悩み、絶望の1ヶ月を過ごしました。急遽、認可外保育園が決まった時、息子が「パパ、がんばったね。ありがとう♪」と微笑む姿に思わず涙が溢れました。この子の育児は始まったばかり、これからです!

最後になりますが、上司、同僚のおかげで、貴重な経験をすることが出来ました。感謝の思いを忘れず、これから仕事に貢献して参ります!
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谷 正也
30代男性 子供2人

子供が産まれて、「幸せ」についてよく考えるようになりました。自分のやりたいことについて軸が出来たことで、今まで悩んでいた仕事や住まい、家族、プライベートなどの理想的なバランスイメージを持つことが出来ました。そのために家族と暮らすため移住することが自分にとって重要と考え、実行しようと計画中です。

林シンバ裕介
30代男性 子供1人

育休を取り、静岡の日本平へ行ってきました。妻の友人の結婚式が静岡の日本平ホテルであり、その付き添いです。15時から挙式が始まり、式が終わる20時まで、ずっと陽太と二人で過ごしました。完全母乳だったので、私にはご飯をあげられず最初は二人でどこまで一緒に居られるか不安でした。ドライブがてら清水エスパルスショップに行き、ベビー服を買い、それを着せてホテルのロビーや喫茶店に行きました。すれ違う時に「似合ってるね」「将来は選手として待ってるよ」「父子そっくりね」と言われ、二人で笑ってました。帰ってきた妻からは「陽太がエスパルス坊やになってる」と笑ってくれました。ここまで長く二人きりで過ごせたのは初めてだったので、絆が深まった気がします。
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こしたろう
30代男性 子供1人

妻の復職に合わせ、昨年11月から半年間の予定で育児休職を取得中です。学生時代にお世話になった先生から、『育児休職の取得を検討すべき。若い世代が積極的に取得しなければ、男性が当たり前のように育児休職が取れる社会にはならない。』という言葉をもらった事がきっかけで、長男誕生時から機会があれば育児休職を取得したいと考えるようになり、今回職場にも理解をいただいて取得することに決めました。
休職に入ってからは、絵本を読み聞かせたり、平仮名や数字を教えてあげる等これまで仕事が忙しく中々子供達にしてあげられなかったことに毎日時間を割いている他、鉄道等公共の交通機関を利用して親一人の状況で遠出することの辛さを経験したり、ケーキやキャラ弁作りにも挑戦する等主夫業に全力を注いでいます。当たり前のように毎日妻がこなしていた作業の大変さを身にしみて感じ、妻への感謝の気持ちもより一層強く持つようになりました。子供達と向き合う時間が増えたことで、長男(3歳)と次男(1歳)との距離も縮まり、長男は毎日パパと手を繋いで眠りにつくようになりました。
子供達の様子は毎日日記につけ、写真を沢山撮ってアルバムも作っています。二人が大きくなって成人した頃、この半年間の成果を子供達に見せて「パパ頑張ってたんだぞ!」と色々話してあげることが私の夢です。
休職したことで仕事からは離れていますが、復職にあたっての不安はさほどありません。相手を納得させる人の叱り方や、物事をわかりやすく教えるための工夫の凝らし方等、育児の中で経験する事は仕事とは違った切り口から学べることも多く、それは復職後の仕事にも役立つと感じています。
休職期間はまだ半分残っていますが、休職中子供達と過ごしている時間は、間違いなく私の人生にとっての宝物です。これからも、家事にそして子供達との遊びに『全力投球』します。
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やっちゃん
30代男性 子供2人

 私は2015年度1年間育児休業を取りました。働いているのが妻、家にいるのが私と3歳と1歳の男の子いう生活を選びました。育児休業を取った理由は二つあります。
 1つ目は妻の子育てストレスを何とかしてあげたいと思ったからです。ある日の夕方、仕事中の私の携帯、に妻から電話がありました。電話を出ると騒ぐ子供たちの声と泣きながら「今日は早く帰ってこられるの?」という妻の声をききました。子育てを妻に押し付けていないか?自問自答するきっかけとなりました。
 2つ目は私が高校教員をしていることです。自らの経験がこれからの指導に生きると思ったからです。こういう生き方もあるし、自分の経験や考えたことをこれから父や母になる生徒たちに伝えられないか、と思ったからです。

 育児休業を取得して実感したことの一つに「自分は自分の住んでいる地元を何一つ知らない」ということに強く気付かされました。歩道に死角を作らないように草刈りをするおじいさん。公園の空いた花壇に苗を植えて花を育てるおばあさん。いままで見えてこなかった善意を肌で感じ、時には一緒に手伝いもしました。
 また、地域活動やワークショップを主催する高校の同級生から誘ってもらい、参加することもありました。その中で知り合った人たちは自分の地元を愛し、お金でない豊かさを持った生き方を知りました。育児休業をとって子どもと歩みがゆっくりになって今まで見えなかったものが見えました。私の中で大きな発見でした。

 先日、高校で英語を教える妻の「男女の性差」について考える授業のなかで、男の育児休業の取得者として授業に参加させてもらいました。授業を受けた生徒たちは感想を書いたプリントに「男性の家事や育児の参加の重要性がわかった」、「これまでの常識にとらわれない新しい生き方を感じる事ができた。自分もやってみたい」、「カッコいい」「結婚したくなった」といった感想をいっぱい書いてもらえました。この授業を受けた生徒たちの意識が少しでも変わったら嬉しいなと思った出来事でした。
 あと2ヶ月の主夫生活。まだまだ新しい発見や出会いを子どもたちと一緒にできればいいな、と日々思っています。

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柳田 一匡
30代男性 子供2人

昨年の4月、娘が2歳、息子が6ヶ月の時にパパママ育休プラス制度を活用して1年間の育児休業を妻と同時に取得しました。

私が育児休業を取得しようと決めたのは、妻の定年退職まで働き続けたいという思いを尊重しながら、自分のワークライフバランスも見直そうと思ったからです。

妻が第2子を妊娠した時から、時間外労働を減らして家族と過ごす時間を増やそうと意識しました。しかし、前年度から月平均50時間減らすことができたものの、まだ月平均90時間の時間外労働をしていました。意識しても過労死認定ライン以上に働いており、家事も全くやっておらず、休日は昼まで寝ているという状態でした。この状態では夫婦共働きで育児していくのは困難だと感じ、家事や育児能力を身につけるために夫婦同時育休を取得する決意をしました。

育休取得を決め、前年度の8月から管理職に相談し代替講師を探してもらいましたが、結局代替講師は見つかりませんでした。
最終的に担当の仕事内容を変えてもらい、その仕事の代替講師に来てもらい育児休業を取得させていただきました。

最初はママの代わりになれるようにと意気込んで、料理、食事介助、掃除、洗濯、公園遊び、風呂入れ、寝かしつけなど、ママの真似をしながら全てできるように頑張りました。妻の念願だった趣味の演劇出演も可能にして、私1人で2人の子どもを寝かしつけることもありました。

その過程で自分では頑張ってママの代わりなろうとしても、子どもはママが1番安心できる存在で、私はママの代わりにはなれないということがわかりました。娘は寝かしつけの時にママを探して泣き叫び、息子は1歳を過ぎるまで毎日私が散歩して寝かしつけていたのに、1歳過ぎからはママに寄り添ってしか寝なくなりました。
少し寂しく感じましたが、子どもにとって1番安心できる存在のママが安定して過ごせることが子どもにも大切だと思うようになりました。
そのために妻を支えていく意識をもつことがパパがやるべきことだと考えるようになりました。
仕事復帰しても自分にできることをやって家族を支えていこうと思います。

自分の限界を知り、夫婦共働き育児のヒントを得られ、同時育休を取得して良かったです。

日高純一
30代男性 子供2人

もうすぐ2歳になる息子を持つ父親です。子供が産まれる前には想像もしていなかった生活を、今送っています。

子供が産まれる前は、育児に対して漠然と 「今まで通り仕事をして、残業のない日や休日に子供と触れ合えば良い」すなわち「協力」をすれば良いと考えていました。
その考えを一転させたのは、妻の言葉でした。「なぜ、私だけが主で育児を担わなきゃならないの?」
仕事で残業や出張は当たり前、育児は協力程度、そう思っていた私にとって、それは受け入れられない意見でした。もちろん妻も働いているので、協力するつもりはあったのですが、求められるレベルは「協力」でなく「積極的な参加」だったのです。
そうは言っても、妻も結局は私の考えを理解してくれるだろう、と期待していたのですが、その意に反して妻は周囲に「うちは旦那も育休取るから」などと、勝手に話を進めてました(笑)
今思えば、これが妻の作戦立ったのでしょうか? 段々と自分の考え方が固執していることに気付き、人生で大事なことは仕事以外にもある、同じ位育児も大事ではないか? と考えるようになりました。

妻の作戦に乗せられたのは間違いないですが、社会的な育休制度の充実、上司の後押しもあり、結果的に昨年4ヶ月間の育休取得を決断しました。
休業中は、息子と一緒に平日ランチに出かけたり、子育てサークルへ参加したりと 育児期間中ならではの経験をさせてもらいました。もちろん子育てサークルはママだらけ。行くのには、少しばかり勇気も要りました。

復職後も、フルタイム勤務の毎日ノー残業で息子の保育園の迎えに行っています。帰宅してから、御飯を作り、息子と一緒に食事、その後お風呂に入って、妻の帰宅が遅ければ翌日の保育園準備と寝かしつけまでします。
17時のチャイムが鳴った直後に退社すること、出張のやり繰りなど 大変な時もありますが、困難な状況に追い込まれてこそ、自分の実力が付くと思い奮闘中です。

もうすぐ第2子が産まれる予定です。
苦労も増えると思いますが、そんな状況も楽しみつつ、仕事と育児の両立を図っていきたいと思います。また、周囲の同じ境遇の人やこれからそうなるであろうという人達にも、自分自身の経験を伝えていって、男性の家庭参画を促していけたらと思っています。
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ツヨパパ
30代男性 子供1人

今までの私は、心のどこかでイクメンを軽視し、
「自分だってそれぐらいやっているよ」と思っていました。
でも実際には、ただの自己満足でしかない独り善がりだったことを
気づかされる事件が起こりました。

2015年9月、2歳の息子が突然入院をすることになったのです。
この出来事をきっかけに、私の中で初めてイクメンって、父親ってなんだろうと
考えるようになりました。

というのも妻が子育てに対して不安を抱えていることが分かったからです。
息子の入院だけではなく日々の子育てに対しても大きな不安を抱えいました。
まるで「今回の入院も私のせい」と言わんばかりに…

それからすぐに上司へ相談をして、
就業時間の変更というわがままを受けいれていただきました。
私の勤め先はお世辞にも育児・介護と仕事の両立が進んでいるとは言えない飲食業です。
そんな環境の中で即座に承諾してくれた上司には本当に感謝しています。

しかし、安心したのもつかの間で息子の入院生活は妻の入院生活でもありました。
もちろん、家事はすべて私がやることになりました。

それから私は大きな勘違いをしていたと気づくことができました。

自分だけでなく「相手がいる」ということです。

育児のスタートは、お互いが求めていることに対してコミュニケーションをとり
一緒に考える。
まさに当たり前のことを当たり前にやることでした。

この時から、

本当の意味で自分の居場所が家族の中にある幸せを実感しています。

そして私を父親にしてくれた妻と息子に感謝します。


息子も無事に退院し慌ただしくも温かい毎日を過ごしながら
真のイクメンを目指し精進しております。

自分一人の力で出来ることは限られていると思います。
そこで、これから父親になる周りの方達に伝えたいと思います。

「育児に特別なことは要らない、あなたが妻や子を想う気持ちはきっと伝わるよ!」
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石塚 高史
30代男性 子供1人

「育児によって自分の時間が奪われる。」ギター等の趣味が多い私にとって、育児に対するイメージはあまり良くありませんでした。しかし、実際に子供が産まれて時間を共にしていくと、可愛さからか「能動的」に子供に関わっていく自分に変化していきました。そんな中でも、仕事で疲れた休日等は育児に対して「受動的」な状態の時もあります。

そういう「受動的」な状態を「能動的」に変換する為に、二つの工夫をしています。まず一つ目は、「言葉のチョイス」です。例えば子供と二人で動物園に行くときは、「今日は二人でデートに行ってくるね!」と妻に言っています。「デート」という言葉を使うことにより、自分へのワクワク感を増幅させ、言葉の持っている力を最大限に利用しています。

二つ目は「育児ダイエット」です。30代後半になり、お腹の肉が気になりだした私は、育児とダイエットを何とかコラボできないかと考え、「育児ダイエット」を考案しました。子供を背中に乗せて腕立て伏せをやったり、浮かした足の上に子供を乗せ腹筋をやったりします。子供も私のお腹も喜び(鍛えられ)、この「育児ダイエット」のお陰で10キロの減量に成功しました。

会社では経理部に所属しています。部署的に「受動的」な仕事が多いのですが、子育てに対する「能動的」な姿勢が仕事にも影響し、自社の決算書への関心を高めることを目的として、社員向けの「決算書の読み方サイト」を立ち上げることができました。毎週記事を更新し続け、間もなく一年くらいになりますが閲覧者数も数千人おり、社内でも影響力のある情報サイトとなっています。

このように自分に変化を与えてもらった子供には感謝していますが、もう一つ感謝できることができました。今春にもう一人産まれます。五月出産予定ですが、経理の繁忙期の四月を避けて産まれてきてくれるあたり、どうやら最初の親孝行をしたいようです。
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広中 秀俊
30代男性 子供1人

夕方16時半に会社を出て約1時間電車に揺られてた後、三男を保育園に迎えに行く。帰宅すると妻が夕食の準備を、子供達は宿題を始めている。我が家では子供達の宿題が終わらないと夕食は出てこない。
共働きの我が家の家事は基本的に私と妻で半分ずつ。たとえ片方が残業や出張で不在でも、全てのことを1人で出来るようにしている。
会社では、フレックス勤務を利用して朝は8時前に出社して夕方はほぼ毎日16時半頃に退社している。
3度目の育児休業から復職した後も、有給休暇を上手く使って保育園や小学校の行事などに積極的に参加している。平日の行事に参加すると未だにパパの参加率が低いことを実感する。確かにほとんどがママという平日イベントにパパは行きにくいだろう。私の場合、育児休業中からつどいの広場などでパパ友ママ友を作っていたこともあり、ママだけの場でも躊躇なく行ける。そして更に知り合いが増える。
この様に家事や子育ては、やればやるほど好循環を生むものだと思う。
子育てをする → 子が親を頼る → 子に親しみが湧く → やる気がでる
とは言え、一言で子育てと言っても、子供の数や性別、性格、年齢構成、自治体や会社の制度や環境など様々な要素でその大変さは全然違う。そこを上手くやるには、目標と役割をきちんと決めて、コミュニケーションを取り、PDCAを回すというマネジメントシステムの考えが有効だ。これで、だんだんと家事や子育てが上手くなり時間も短縮できる。おかげで我が家は3人の子育てをしながらも、私はオンライン英会話、妻はホットヨガと、自分の時間も楽しんでいる。
3人の子供を育てるのはお金もかかるし時間も取られるし大変な事だらけだ。しかし、上の子供達が末っ子の面倒をみて、楽しそうにしているのを見ると3人目がいて良かったと思う。
各家庭に子供が3人以上いないと日本の人口は増えない。ぜひ、多くの家庭が子沢山になることを願いたい。
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たかぞう
40代男性 子供3人

先日、妻とケンカをした。

実際、子供に接しているときだけが、「イク」児ではないと思う。
その子の人生の環境を整えることも、「イク」メンの仕事だと強く思う。
だからこそ、折り合いがつかなくなったのかもしれない。

ケンカの内容は、保育園(所)の入園(所)について。
最初のうちは、第一希望は…、第二希望は…と話をしていた。
しかし、ポイントの話に及んだときに、うまく折り合いがつかなくなった。

ある雑誌には、ポイントを考え過ぎることが、「官製マタハラ」とも紹介されていた。
イク「メン」だけでなく、イク「ママ」も頭を悩ませているところだと思う。

復帰したいときに、復帰できない。
じゃあ、復帰するためには、ポイントを稼いでいなければならない。
そのためには、前もって申請を出しておかなくてはならない。
待機児童の数が、そうやって増えていく。

ポイントを稼いでいくとともに、
それと反比例してイク「ママ」の心は磨り減っていく。

イク「メン」である、私からのお願い、祈りが一つある。
それは、今まで以上に一層、厚生労働省と文部科学省が連携をすることである。
縦割り行政を捨て、より有機的に、共に子供の人生を考えていってほしいと、切に願う。

現場で実際にイク「メン」をしているメンズが、もっと「イク」メンできるよう、
行政にいる「メン」たちも、一緒に子育てしてほしいと思う。

それこそ、課長級以上は、9割以上、「メン」なんだから、
一緒に「イク」児をする行政をして、
現場に投げるのではなく、ALL JAPANNで「イク」児を考えることが必要である。

そうすれば、ポイントに悩まされている「ママ」も
それを見守っているイク「メン」も、
もっと、今まで以上に「イク」児ができるのではないだろうか。

そんなふうに、
リアルに育児をしている、リアルな悩みを抱えた、
リアルな「イク」メンとして、投稿させていただいた。
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wakazo
30代男性 子供1人

イクメン2年生を迎えて

娘は現在1歳2か月、私もイクメン1歳2か月です。
産後2か月間の育児休業を経て家事・育児の一通りをやってきましたが、最も力を入れているのが「離乳食」と「職場づくり」です。

共働きのため週末に1週間分の離乳食・幼児食を作って冷凍するのですが、メニュー・食材選びから担当しています。丁寧な料理をした経験があまりないため未だに入門書と妻の助言にべったりで、栄養バランスや段取りを妻に添削してもらい、土曜の朝に一気に作る!という流れです。最初は製氷皿に少しだけだったのが、最近では大人用の電子レンジパックで1食分になりました。
台所で奮闘したあげく、娘に「まずい」とそっぽを向かれて凹むこともありますが、テーブルを叩いて喜んで食事をしてくれる娘を見ていると本当に幸せです。だから毎週続けていけます。

そして職場では、育児に目覚めた私を理解してもらい、また同じように育児をしている同僚とともに支え合っていく毎日を送っています。誰しもが持っている、急な休暇が必要になったり、残業ができない日があったりといった事情に、情けない話ですが、自分が育児をするまで真摯に目を向けられていませんでした。
反省もあり、また同僚も自分と同じくらい育児を大事にしてもらいたい!という気持ちをもって、仕事の仕方を大きく変えていきました。とにかく早くにスケジュールを作って共有し、いつ誰が休暇をとるか?という話をしやすくし、誰が休んでも代わりに仕事を受け持てるような工夫をしました。そのようなこともあり、「○さん家の○君が熱を出した!」→「身重の奥さんにはうつってないか!?」、「次の旅行はお子さんにとって初めての雪ですね」等と、いつも身近な話題が飛び交っています。

私にとっては全てがただ充実した毎日で、生きがいばかりです。万人が共感はできないかもしれませんが、これが私の幸せです。胸を張って言える喜びです。
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がじら
30代男性 子供1人

結婚当初、互いの仕事の都合で離れて生活していた私たち夫婦。そうしたなか妻が妊娠し、私は連休の度に妻のもとへ通う日々が4ヶ月続きました。すべては愛する妻とまだ見ぬ我が子のために。食材の買い出しや食事の作り置き、新居探しや役所の手続きを熟す生活。夫として、父としての自覚が自然と備わってきました。
以前から父子手帳の存在を知っていた私は、妻に代わって母子健康手帳を受け取る際に父子手帳もゲット!妊娠中はもちろんのこと、今も継続して自身の体験、思い、子どもの成長について楽しみながら綴っています。育児をするなかで自身の思いや考えを書くことによって整理していると、自身がもつ家族観や子育て観などを見つめなおす機会となります。また、その父子手帳は私だけのためのものでなく、いつの日か長男の力にもなると信じ、彼が思春期を迎えるころに贈ろうと考えています。
昨秋には、第2子となる娘にも恵まれました。長男の時には育休を取得しましたので、今回も同じように現在取得中です。育休は対象となる子や妻のためだけでなく、私自身が心身健やかに家事・育児に取り組むなかで自身の生き方・働き方、家族のあり方を見つめる機会にもなります。そして兄となり情緒不安定な長男に対し、夫婦で分担し愛情をそそぐことができ、今回も取得して本当に良かったと夫婦で実感しています。
ただ、私たちが今住む自治体では父子手帳を発行していません。このままでは、娘に父子手帳を残してあげることができません…そう考えていた折、私が加入する父親の家庭参画を支援するNPO団体に、ある自治体から父子手帳製作の依頼がありました。父子手帳を自ら手掛けたいと考えていた私はその編集長として、自身の体験を踏まえ父子手帳の製作に取り組んでいます。完成すれば私と娘をつなぐ父子手帳にもなり、一度に夢が2つ叶うことになります。
今しか体験できない時間や出会いを、これからも全力で楽しみます。
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水野 奨
30代男性 子供2人

 毎日の娘の笑顔が、仕事のパワーとなっています。我が家では、子育ては父親中心です。
 妻と共働きのため、仕事から帰った後も夫婦のチームワークで子育て、家事を2馬力で行います。妻には、食事の準備、掃除をお願いし、その間私は、食器の片付け、ごみ捨て、洗濯、娘の学校準備の4大日課は当然のこと、娘に関係することはすべてします。学校準備は、毎日の計画帳、持っていくもの、宿題などのチェック、月曜セットの準備などお手のものです。習い事、病院などの送り迎えも、近くに住む父母の協力を得ながら父親中心で行います。夕食では、毎日必ず「今日は学校どうやった?」と聞くようにしており、学校での出来事を聞きながら家族揃っての夕食で会話が弾みます。
 娘には、たくさんの経験をさせてやりたいので、娘の「したい」にすぐに反応し、休日はとことん遊ばせることを心掛けています。
 長女さくらの保育園時代に、最年少で保護者会長に挑戦し、こどもたちの喜ぶ姿や親同士のネットワークの広がりにやりがいを感じました。二女ちひろのときは自ら立候補し、園内に父親サークルを立ち上げたことが愛媛新聞に取り上げられました。今は、長女さくらが小学校1年生のときからずっと続けている放課後児童クラブの保護者代表として活動しています。
 昨年子育て10年間の集大成として、1月に「オレ流子育て」が愛媛新聞に取り上げられました。11月には、NPO法人ワークライフ・コラボが企画する「えひめの次代を担う親づくり」推進事業のライフデザイン講座で社会人講師を務め、子育て11年間の自分自身を振り返るよい機会となりました。
 私は、職場の理解があってこそですが、娘の保育園時代からずっと今も学校行事には100%出席を続けています。お父さん同士が連携して、率先して動いて、その背中を娘に見せたいという気持ちと、父親子育てで時代を変えるという気持ちを忘れずに、これからも子育てを楽しみます。
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川端 一徳
30代男性 子供2人

妻、長女3歳、次女0歳の4人家族。
長女誕生の時、WLBに全力投球と決意はしたものの、仕事以外に社会人学生という一面もあり、時間や様々な課題に悩まされた。深夜に頻回の授乳を行っていた妻の身を案じ、朝5時に起きて朝食・私の弁当・妻の昼食の支度、仕事や大学の課題を整理し、出勤までの間、長女を連れて早朝散歩をすることが育児における精一杯の日課だった。

長女2歳の時、妻が復職し、保育園の送迎や休日を長女と2人で過ごす時間が増えた(学生は卒業済)。長女の成長を間近で感じる喜びの一方、家族で過ごす時間も減り、家族で過ごす時間の大切さを感じていた。家事の時間でさえも貴重であり、失敗を恐れずに長女と一緒に家事を行うように努めた。失敗していた家事が、日に日にできるようになる長女の姿が何よりも頼もしかった。
何よりも妻の偉大さに気付かされた。公園等で長女と遊んでいると「○ちゃん!髪伸びたね」等とママ友から声をかけられることが増えた。私が不在の間、妻は育児に奮闘する中で育児を通して地域と繋がり、支えられ、長女が多くの経験を得ていたのだと実感した。この時、子どもの成長を間近で見るチャンスを失っていたと私は気付かされた。そんな時、次女妊娠の発覚。猛烈に育休を取得したいと考えた。

次女の妊娠中期、妻は切迫早産で自宅安静。身体も脳もフル回転の毎日。両家の祖父母のサポートに感謝しながら、無事に次女誕生し、育休取得を迎えた。
子どもの成長を間近で見ることが最大目標の育休であったが、不安定な長女の心を察知して外出したり、妻の食欲や表情を見ながら献立を考えたり、家族との時間をより大切にしたことで、私自身が一番成長し、多くの学びや発見を得た時間だったと感じている。
最近、長女が初めて包丁を使う時、私が心配していると「パパとママがやっているとこ、いっぱい見てきたから大丈夫だよ」という言葉に胸が熱くなった。家族の時間を大切にしたことで、子どもが母だけではなく父の背中も見ていてくれたのだと、心から嬉しい気持ちになった。
取り柄の無い自分に自信になるものが増えた。それは‘育児を誰よりも楽しんでいる’。こと。仕事以外の自分が成長できたことで、仕事もより充実したと感じている。家族と日々に感謝である。
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ココナッツ...
30代男性 子供2人



現在、妻と2人で4歳の娘と1歳の息子を育てています。

僕の仕事は芸人です。
とはいえ「短時間働いて高いギャラが振込まれる」という夢の様な生活は送れていませんし、そもそも、育児休業という制度がありません。

我が家のルールでは、僕が仕事で物理的に無理な時以外は、出来るだけ育児に参加する事になっています。
フリーランスだからこそ思うのです。育児休業の素晴らしさを。
産まれたての我が子とガッツリ向き合える。何と幸せな時間でしょうか。

僕の安定しないスケジュールのせいで、妻は里帰り出産を選びました。
その結果、娘と息子の出産に立ち会えなかったのです。
娘の時は、仕事終わりに急いで飛び乗った新幹線の車内で、義母からのメールが届きました。タイトルは「無事産まれました!」。
ホッとしながらメールを開くと娘の写真が・・・。
「いや、最初だけはこの目で見たいんやけど!」と窓の外に愚痴ったものです。

産まれたての娘に会う為に、仕事の隙間を見つけては夜行バスで妻の実家へ。
娘に会ってこの腕で抱きしめるたびに大泣きされ、義父が抱っこした途端泣き止む現実。
帰りの夜行バスでふて寝しようにも、格安バスのカチカチの4列シートは僕を寝さしてくれませんでした。

そんな事をアレコレ、産前のパパママさんにお話させて頂くイベントで喋っていました。
「育児休業取れる人は取った方が良い!」と、僕の魂の叫びを聞いたパパさんが「悩んでいた育休を取る事に決めました」と報告してくれたのです!
僕みたいになりたくない、という理由で・・・。
何であれ、素晴らしい事に違いはありません!

そして色々考えるようになりました。
僕なりの育児とは何なのか。
子供は勿論、何よりもまず、妻が幸せでいる事が大切だと気付いたのです。
リア充ならぬ『嫁充』です。
嫁の生活環境が悪ければ、子育てどころではない。嫁が幸せで充実した環境を作るのも育児なんじゃないのか、と。

娘の朝食を作り、保育園に自転車で送った後、風呂掃除、トイレ掃除、洗い物とシンクの掃除、一旦仕事場から戻り、子供達2人をお風呂に入れてからまた仕事に向かう。
それ以外に、僕が出来る嫁充の為の役割。
それは、出来るだけ嫁の話を聞く!
シンプルですが、嫁が抱える小さなストレスは旦那の僕にしか言えない事が多いとわかったのです。
今後も更に、嫁充を目指す嫁充男子として、育児を楽しんで行きたいと思っています!







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石橋 尊久
40代男性 子供2人

私たち夫婦は、それぞれの役割を分担しています。
私は料理、裁縫、DIYが好き。妻は掃除、洗濯が好きということで、家事は基本的に得意分野に基づいて分担をしています。
育児についても、授乳は妻、お風呂や寝かしつけは私、遊んだりあやしたりは半分ずつやっています。

うちは2人の女の子がおり、2人とも立会い出産で産まれました。
立会いを通して、出産は代わることができず、どうしても父親が母親に敵わない点だと痛感し、育児こそは2人で!と思いました。
とはいえ育児も大変なことの連続で、例えばうちの子達は、半年経っても2時間しか寝てくれませんでした。
妻は育児休業を取得してくれていますが、まとまった睡眠を取れないのは辛いもので、休みなんだから夜泣きはよろしくね、というのは無責任です。
なので夜泣きも極力半々で対応しており、産後は私も睡眠時間が2、3時間な日々が続いて体調を崩し、発熱、胃腸炎に苛まれる中で仕事にいく時期もありました。
それでも、大きく育っていく子達を見ると、「妻と一緒に頑張って良かったな」と思うのです。

「イクメン」という言葉の普及とともに家族のライフスタイルは変わっています。
しかし育児休業は、収入面、業務内容や時期的な関係で、実際に取得できる日数に限りがある人が多いと思います。
私も結局、半休含めて計5日程度しか取りませんでした。
それでも時間をやり繰りして、家にいる時間を増やし、そのほとんどを家族と一緒に費やしています。
制度や環境が変わるのを待つのではなく、自分達が率先して変わること。
それが、社会全体の意識を変えていくことに繋がり、育児休業が取りやすい環境になっていくとも思います。

夫婦で沢山話をして、思いやって。成長の喜びも、苦しみも、全部妻とはんぶんずつ。
最近は2人だけではなく、小さいママ(長女)も増えました。
助け合って暮らしていくことの積み重ねが、育児であり、家族なんだと実感しています。
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インナミケ...
30代男性 子供2人

3歳、6歳の息子を持つ父親です。2人とも8カ月から妻に変わって4カ月間の育児休暇を取得ました。私は理学療法士、妻は助産師の共働き夫婦です。
最初に育児休暇を取ろうと思ったきっかけは単純に興味があったからです。そして1割は胸を張って仕事が休める!と思ったからです(笑)。
4カ月間の育児休暇中は本当に大変という言葉では表せないほどの苦労がありました...と記載するのがイクメンの星としては正当だとは思いますが、実は余裕でした!!
朝に家事を終わらせて、子どもと児童館でママさんに囲まれながら遊んで、ご飯食べて、一緒に昼寝してと。子どもが10カ月の時には新幹線に乗って1泊2日の男旅にも出かけました。妻に「子どもと1日遊ぶだけで育児給付金なんかもらって日本社会も大丈夫なんかね」と言ったら「世の中のお母さんを敵に回すよ(怒)」と言われました。
ただ育児はやはり女性優位です。「男が取る必要あるの?」という意見があるのも確かです。必要があるかないかは育児休暇を取得した私でも正直分かりません。ただ取得した後に自分が感じたのは「妻にとっては確実に必要」だったいうことです。勿論、自分も子どもと過ごす時間で多彩な世界を見ることもできましたし、子どもも父親と過ごすことでなにかを感じてくれたと思います。ただ、一番は妻への育児・家事のストレスを減らした状態で仕事復帰できたことだと思います。仮に8カ月で職場復帰を妻にさせていたら、きっと浦島太郎状態で、仕事と育児の両立は苦労させていたと思います。私が4カ月間育児休暇を取得している間に、保育園の送迎の時間などを気にせず、仕事に集中することができ、スムーズに今の共働きに移行できたように感じています。
今年の6月には第3子が誕生します。今夜も妻は夜勤です。おそらくバリバリ働いています。

「育児休暇は妻のため」。これが今の私の答えです。
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村井浩介
30代男性 子供2人

3児(7歳、3歳、8か月)の父です。
2年前まで、私は仕事からの帰宅が遅く、平日の朝と休日が子供とコミュニケーションがとれる貴重な時間でした。しかし、もっと家族と過ごす時間を増やしたいという思いと、自分と同じ歯科医師である妻に仕事を休業して家庭のことを全てしてもらっている状況を改善したいという思いが次第に強くなっていきました。そこで、2年前に妻の実家の近くに家を建て転居し、妻の実家の歯科医院で私と妻がシフトを組んで働くことになりました。
 一人で育児をしてみると気付きと驚きの連続で、休日に子供達を遊びに連れていくことで育児をしている気になっていた自分が恥ずかしくなりました。平日は長男の学校の時間に合わせて家事を済ませなければならず、家事の最中には「パパ遊ぼう」という次男の誘いにより中断が入り、予定通り事が進まないことが殆ど。慌ただしくあっという間に1日が終わる感覚でした。今までこの生活をしてきた妻を尊敬し、また、ここまで子供を元気に育ててくれたことを本当に感謝しました。今では、私も家事・育児全般できるようになり、妻と共に育児を楽しんでいます。何より子供達が以前にも増してなついてくれ、たくさんの笑顔を私に見せてくれます。それが嬉しくて、今や子供と共に生活することが趣味になっています。
 そんな我が家に、昨年の4月、待望の娘が誕生し、それを機に、6週間の育児休業を頂きました。産後間もない妻には休養が第一なので、家事・育児はできる限りのことは全て行いました。また、子供達と色々な所に遊びに行くことで、様々な経験を共有でき、充実した時間を過ごすことができました。
 現在は、妻も私も復職しましたが、継続してできる限りのことを行っています。働き盛りの年齢ですが、子供達の父親そして妻の夫は私しかいません。愛する家族の笑顔を見続けるために、家族の絆を育むことに全力を注ぐ父親であり続けたいと思います。
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金尾 将人
30代男性 子供3人

ボクは3歳の娘と2歳の息子を持つパパです。
毎朝5時前に起き、ふっくらとしたご飯を炊いて、
焼き魚、味噌汁、自家で作った漬物やピクルス、納豆を添えて、朝食の準備をします。
そのあと、保育園のお弁当2人分を彩りを気にしながらつくり、かわいいキャラクターも入れたりして、子供たちが楽しく食べられることを心がけています。
それが終わると、保育園用着替え2人分、それぞれの食器、水筒、タオル、オムツをバッグに詰め、保育園の支度も済ませます。
それらが終わって気付く頃には朝の7時。自分の支度をして三島から新幹線通勤で東京へ通勤します。
夜は、できるだけ家族揃って晩ごはんを食べて、その日の出来事をお互いに話しあったりして過ごすようにしています。お風呂も家族で一緒に入り、絵本や日本昔話を読んで寝かせ付けもします。

1年前のボクは、今とは全く違って、家事育児にほとんど関わっていませんでした。
週末にたまに家族で出かける時に子供を抱っこしたり、お風呂に入ったりするくらいで、
全然一緒に育児しているという状態ではありませんでした。
妻は出産を機に自分のキャリアを捨て、家事・育児で産後鬱状態。なぜ男性だけが
以前と変わらない生活を続けられるのか?と常に不満をぶつけられていました。
それは妻からの戦力外通告でもありました。そんな妻との家庭の雰囲気は悪化する一方。
そんな時、ふとしたきっかけで、ドラマ「池中玄太」を久しぶりに観ました。子供たちのために常に一所懸命な主人公の姿は、自分に失われていた何かを気付かせてくれました。

転職を機に、比較的自分で時間をコントロールできる仕事に巡り会え、外資系であることも一因かもしれませんが、自分なりに今までより働き方を変えたい気持ちが強かった。
家族と一緒に、子供もから求められる1分1秒の貴重な時間を楽しみながら生きていきたい。
それに気付かせてくれた妻と池中玄太に感謝の気持ちでいっぱいです。

こどもたちの時間は仕事一辺倒だったボクの人生観を劇的に変えてくれました。
今は、こどもたちの成長を楽しみながら、自分の成長も楽しめていて、
毎日が楽しくて仕方ありません。


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いちや
40代男性 子供2人